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クリスマスは啓示でいっぱい

by スティーブ・ロング



"彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、"(マタイ1:20~24)




"イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。"(マタイ2:1)




"博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。彼らが帰って行くと、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った。「立って幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」そこでヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに逃れ、"(マタイ2:9~14)




"すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは話し合った。「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。"(ルカ2:13~16)



"八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子の名はイエスとつけられた。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。そして、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子をエルサレムに連れて行った。"(ルカ2:21~22)



"シメオンが御霊に導かれて宮に入ると、律法の慣習を守るために、両親が幼子イエスを連れて入って来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。"(ルカ2:27~28)



"また、アシェル族のペヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代の後、七年間夫とともに暮らしたが、やもめとなり、八十四歳になっていた。彼女は宮を離れず、断食と祈りをもって、夜も昼も神に仕えていた。ちょうどそのとき彼女も近寄って来て、神に感謝をささげ、エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人に、この幼子のことを語った。"(ルカ2:36~38)





クリスマスの物語に関するこれらの有名な箇所を読んで、それぞれの物語に繰り返されているものに気づきましたか?これらの中には、天使、幻、夢など、超自然的なものが出てきます。預言や律法の成就もありました。しかし、人々がどのように反応したかに注目してみてください。そこには常に、対応しなければならない緊急性がありました。



"ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、"

(マタイ1:24)



"「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」"

(マタイ2:2)



"彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。"(マタイ2:12)



"そこでヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに逃れ、"(マタイ2:14)



"マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。"(ルカ1:38)



"八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子の名はイエスとつけられた。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。そして、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子をエルサレムに連れて行った。"(ルカ2:21~22)



"シメオンが御霊に導かれて宮に入ると、律法の慣習を守るために、両親が幼子イエスを連れて入って来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。"(ルカ2:27~28)





クリスマスの物語における人々の反応は、それぞれが受けた啓示に基づいた行動でした。マリヤは天使と話し、ヨセフは夢を見ました。


いいですよね。私の信仰についてのメッセージを聞いたことがある人は、私の信仰の定義が「啓示に基づいて行動すること」であると知っているでしょう。聖書を通して物語を読むと、あるパターンが見えてきます。


神は、夢、預言の言葉、考えなどを通して、何らかの形で語られます。私たちの霊は急き立てられ、希望が湧いてきます。もし私たちが、障害よりも神から受けた思いに価値を見出すなら、その啓示に基づいて行動することになります。これを信仰といいます!



マリヤは、御使いの物理的な訪問を受けました。彼女はメシアの母となると告げられたのです。彼女は処女でしたが、信じて、奇跡が起こりました。


ヨセフは、旧約聖書のその名の通り、夢を見る人でした。神はヨセフに、マリヤを妻に迎えるよう告げます。問題は、マリアが妊娠していることで、ヨセフは父親が誰なのか知りません。しかし、ヨセフは夢を信じ、行動します。彼はマリアを妻として迎えました。


羊飼いたちは、御使いと、天の軍勢を目撃しました。彼らは羊の群れを置いて、ベツレヘムの町に入ったようです。彼らは赤ん坊のイエスを最初に目にし、イエスが救世主であると信じました。


博士たちは、空に星が並んでいるのを見ました。それは、イスラエルの国に王が生まれたという預言的な声明でした。しかし、それは遠くて危険な旅を意味していました。彼らは2年という年月をかけ、その啓示に従って行動し、王となるこの方を礼拝することができました。


ヨセフはまた夢を見、幼児となったイエスがヘロデからの危険にさらされていることを告げられました。「早く逃げなさい」と言われても、問題が残ります。家を売るのはどうしましょう。荷物はどうしましょう。ヨセフとマリアは、毅然とした態度で行動し、その夜ベツレヘムを後にしました。




クリスマスの物語と、福音書に繰り返し登場するイエスの物語を見ると、父なる神が語り、私たちは信じるか信じないかの選択を迫られます。


4人の男性が神に示されて、寝たきりの友人を部屋に吊り下ろしました。イエスは彼らの信仰をご覧になり、その人は即座に癒されました。人の家を公然と破壊するという大きな問題がありましたが、彼らはそれを止めませんでした。


12年間長血をわずらっていた女性は、神に示されてイエスの衣の裾に触れました。汚れていたにもかかわらず、彼女は自分が聞いたことを実行し、即座に癒されました。


ペテロと他の弟子たちは、漁の網を船の反対側に投げるようにと言われました。一晩中漁をしたのに、何も獲れなかったのにです。誰がそんなことを言ったのでしょう?弟子たちが言われたとおりにすると、153匹の大きな魚が獲れました!


物語はまだまだ続いていきます。





これこそが、私たちの生き方なのです。聖書はこれを「御霊に生きる」とか「御霊に導かれる」と呼んでいます。このようにして、奇跡と打ち破りが起こるのです!


クリスマスシーズンは、特別な啓示の時です。イエスに従う者もそうでない者も、クリスマスシーズンには、それぞれへの神の思いを受け取るような気がします。なぜでしょうか?父なる神はすべての人に良い知らせを持っておられるからです!救い主がお生まれになったことを伝えたいのです。イエスという名の赤ちゃんのおかげで、絶望的な人にも希望があると、聞く人すべてに叫んでおられるのです。



ですから、父なる神からの言葉を期待しましょう。主があなたの使命に語りかけることを期待してください。あなたが今置かれている状況、あなたが今置かれているチャンスやチャレンジについて、主が語ってくださることを期待してください。啓示を期待してください!


そして、それに対して素早く応答しましょう!それが聖書のいう信仰です!








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