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リスクを取る

by 橋爪 由美子


"この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。"

ローマ人への手紙 12章2節



私は歯科衛生士として、一般開業医で働いています。

仕事内容は少し特殊で、歯周病専門医の歯科医院で歯周病の治療と予防を中心に行っています。

治療のスタート時から予防することを考えて治療計画を立てて、治療をしています。

予防するというのは、“早めにリスクを把握してトラブルを回避し、健康の維持管理をしていく”ということです。


ですから、患者さんにとって必要な治療は何か、そして健康を妨げるリスクは何か、それを見極めて患者さんに説明し、患者さんから同意が得られたら、二人三脚で健康への旅路を歩んでいきます。


この世のビジネスでもリスクマネジメントという言葉をよく耳にしますし、そのための対策がとられています。

歯周病の治療にもリスクマネジメントが必要です。でも最も必要なことは、“自分を大切にするという思いからの自己管理”です。



リスクを取る


教会でこの言葉をよく耳にします。


分かっているつもりでいましたが、私の思考は事前にリスクを把握してトラブルを回避する“リスクマネジメント”の思考がしっかり根づいていることに気がつきました。要するに“わざわざリスクを負わない”ということです。


ですから、教会でリスクを取ると聞いた時に「えっ?どうしてわざわざリスクを冒すの?」と思いました。

自分なりに良かれと思ってリスクを冒してうまくいかなくて痛い思いをしたことがあるからです。


私は治療においてだけでなく、人間関係にも、経済にも、あらゆるところに“リスクを負わない”ための思考が顔を出します。

もう傷つきたくない。痛い思いをしたくない。という思いがリスクを回避する理由であり、恐れや心配が動機にあります。


このように根づいた思考は神様が介入する隙を与えないので期待する結果が得られません。

恐れや心配が動機の行動パターンは、過去の失敗やトラブル、傷(心と体と感情の傷)に基づいています。これはリスク回避の行動です。


私たちの行動の動機は愛でしょうか。それとも恐れでしょうか。


神に仕える時、リスクを取るとは、あえて危険を冒すということではなく、また義務ではなく、この世の常識にとらわれず、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けて、神のみこころを行うこと。自分が良いと考えることや自己満足、自分のいのちを得ようとすることを神様に手放し、神が良いとされること、喜ばれることを受け取って主に従うことなのです。


そのために自分を大切にするという思いから自分を管理すること(いやしや赦しを受け取り、考え方を変えること)が必要です。


互いを愛すること、尊重することは、リスクを取ることなのです。

愛の行動には力があります。

自分を愛し隣人を愛するために私にはもっと神の愛が必要です。


"わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしが命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友です。"

ヨハネの福音書 15章12~14節




<祈り>

主が共におられることを感謝します。神の愛と赦しを感謝して受け取ります。

どうか神の良さ、神の愛と赦しを受け取り味わう道へとさらに導いてください。

そして隣人を赦し、互いに愛し合いなさいという戒めを大胆に行うための力となってください。

イエスを求める人と出会わせてくださり、私の人生を変えてくださったように人々の人生が変えられますように!

彼らが真の存在意義を知ることができるように祝福し導いてください。

イエスの御名で祈ります。




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