by セイヤーめぐみ
「あなたとは合わない。」
この理由で、結婚生活を諦めてしまう夫婦はたくさんいます。司法統計によると、令和2年の離婚原因は、暴力や経済の問題を押しのけて「性格が合わない」が第1位となっています。多くの人が、相手を理解できない・されない問題に直面し、葛藤しているということです。結婚して何十年も経つベテラン夫婦でも、離婚を選択する人は増えており、結婚生活が長いからといって、うまくいっているとは限りません。
相手と合わなくてケンカになってしまうことを、どうしたら改善できるかということは、多くの人が一度は考えることではないでしょうか。私ももちろんそのうちの1人です。
今回は、どうすれば今の夫婦の問題から抜け出せるか、そのステップをいくつかご紹介します。

これは誰のせい?
私は、素晴らしい夫と結婚し、3人の子供がいます。子育てに家事、仕事など、慌ただしく毎日が過ぎていきますが、夫婦の関係は良好です。ですが、夫婦の間で必ずと言っていいほど、ケンカになってしまうポイントがあります。その一つは、夫が私との約束を忘れ、破ってしまう時です。
例えば、私の夫がツイッター(呟きを発信・閲覧できるアプリ)にはまっていた時期がありました。ちょっとした隙間時間はもちろん、食事の時や私と話している間もずっと自分の携帯を見ていました。
最初は優しく、「私と話す時はさ、ちゃんと顔見て話してよ〜」と言っていたのですが、これが何度か繰り返されると、「ちょっと!私やめてって言ったよね?」とだんだん言い方がキツくなっていきました。別にツイッターが悪いわけではなくて、私の顔も見ず、全然私に注目してくれないのが寂しいのです。私が怒ると、夫はもうツイッターやめるからと約束してくれるのですが、しばらくしたらまたツイッターにはまります。
私はそれを見てとてもがっかりしました。「私を見てくれない寂しさ」に、「私の寂しさを無視する悲しさ」も加わり、問題がひとまわりもふたまわりも大きくなってしまいました。そしてだんだん当初の小さな問題ではなくなり、「私の夫は、私が何を言っても聞いてくれないし、私のことを全然考えてくれていない。私の気持ちに興味がないし、愛していないんだ!」という大問題になってしまうのです(笑)皆さんもこんな経験があるでしょうか?
同じことが何度も繰り返され、ついに私は我慢できなくなり、大爆発しました。
「あの時、これからちゃんとしてくれるって約束したよね?なんで同じことするの?」
「私が心開いて自分の気持ちを言ってるのに、どうでもいいと思っているの?!」
「守る気ないのに、なんで約束するの?ごめんって言えば済むと思ってるんでしょ!」
そんな言葉が口から勢い良く飛び出して来ます。すると、夫の方は、
「え、そんな約束してないけど?」
と返してくるのです!私はもうこのことが信じられません!確かに何度もお願いして、何度も約束しているのに、当の本人はそのことを全く覚えていないのです!
こんなことが繰り返され、夫が約束を破ることがあると、私は大事にされていないと感じ、私が爆発して夫は謝り、またそれを始めから繰り返す、ということが続いていました。
そんな時、夫婦で私たちのリーダーと話した時に、そのことも正直に話しました。仲直りはするけど、同じことが繰り返されていて、こんなふうにぶつかると。その時、私たちのリーダーが、「誰のせいでそうなってるの?」と聞きました。私ははっきりと「夫のせいでこうなっている」と言いました。が、その言葉を吐きながら、「あれ、本当にそうなのかな?」と頭に疑問がよぎりました。そして、そのリーダーが「まずは自分が変わらないとね」と優しく促してくれたのです。
それは、私にとって目が開かれた瞬間でした。私はできることは全部してきたし、このことが起こっているのは、100%夫のせいだと思っていました。そして、この問題が解決されるためには、夫が自分の課題を乗り越えないといけないんだと。私は夫に変わってもらおうと努力していましたが、本当に取り組まないといけなかったのは、実は私自身の課題だったのです。
私は被害者じゃない
私はずっと被害者の立場をとり、「夫のせいで」こんなに傷ついて、状況が悪くなっていると思っていました。夫が約束を破っているんだし、私を傷つけているのですから。しかし、それは間違った考えでした。
私たちは自分が被害者になると、周りの人たちに対して文句を言い、どれだけ自分が大変な思いをしたか、どれだけ相手が自分を傷つけたかをアピールします。自分が果たすべきことに対して責任を持たず、とにかく全てが誰かのせいになります。
しかし、このような態度では、結婚生活はうまくいきません。まずは自分が自分の人生と結婚に対して責任を持ち、自分の意志でどうするのかを選択し、決断しなければいけません。
それはコミュニケーションの中でも同じです。ダニー・シルクは、「愛し続けなさい」の著書の中で、「私には、自分の心の状態を相手に伝える責任があり、あなたにはあなたの心の状態を私に伝える責任がある。」、「私は、自分で自分の気持ちや欲求を伝えない限り、相手がそれを理解することを期待しない。」と語っています。
これはとても大事なポイントです。私たちは、「自分の気持ちをわかってくれない」と言う前に、まず相手がわかるように気持ちを伝える責任が自分にあるのです!夫婦の現在の状態が、自分に全く責任がないと言うことはできません。なぜなら、これまで相手と私がしてきた選択によって、今のこの状況が生まれているからです。これは、自分が積極的に行ったことだけではなく、自分がしてこなかった消極的な面も含まれます。そこには「何もしない」という決断と選択があるからです。
私たちは被害者ではないし、自分で選択ができる自由があります。それによって自分がどうなるかを決めています。もし、心の中で、被害者の立場に留まろうとしていた部分があるなら、悔い改めて、この被害者意識を手放す決心が必要です。(スティーブ・ロングの記事は、どう祈るかの助けになります。こちら。)
自分の必要を知る
ヨハネの福音書5章2〜9節で、ベテスダの池にいた病人のことを思い出してください。この池は、御使いが水をかき回して水が動いた時、そこへ最初に入った人が癒されると言われている場所でした。
"イエスは彼が横になっているのを見て、すでに長い間そうしていることを知ると、彼に言われた。「良くなりたいか。」病人は答えた。「主よ。水がかき回されたとき、池の中に入れてくれる人がいません。行きかけると、ほかの人が先に下りて行きます。」" ヨハネの福音書 5章6~7節
この病人は、「良くなりたいか」というイエスの質問に、「はい」とは答えられませんでした。なぜでしょう?それは、彼はただの被害者であり、自分が欲しいものがわからなかったからです。そんなことがあるのでしょうか?はい、あるのです!彼は、「自分がずっと病気なのは、先に入っていく他の病人たちのせいだし、誰も自分を先に連れて行ってくれないせいだ」と、他人に責任を押し付け、自分がどうなりたいかについては考えていませんでした。「私は良くなりたい」とか「イエスに会えたらこれをお願いしよう」という考えは全然なかったのです。周りから見たら欲しいものは明白なのに、本人は何を求めていいかわからないということは、実は良くあることです。
一方、エリコで癒された盲人、バルテマイはどうだったでしょうか。彼は、目が見えず、物乞いをしていましたが、イエスがいると聞いて、大声で叫び始めました(マルコの福音書10章46〜52節)。「多くの人たちが彼を黙らせようとたしなめた(48節)」とあるので、彼は気狂いのように、なりふり構わず叫びまくったに違いありません。人の迷惑になることも考えず、礼儀や順序も考えず、ますます大きな声でイエスを呼びました。そしてついに、イエスは立ち止まって彼を呼び、質問します。
「わたしに何をして欲しいのですか。」
周りの人からしてみれば、彼の欲しいものは明白です!しかし、イエスはあえて、何を期待して、何を求めているのか、私たちの口からはっきりと言うことを促されます。
バルテマイは言いました。「目が見えるようにしてください。」と。そして、イエスは彼を癒しました。
なぜイエスはこんなことを聞くのでしょう?神なら何でも知っていて当然でしょうと思われるかもしれません。もちろん、その通りです。イエスは私たちの全てを知った上で、私たちが自分から求める余地を与えて下さっているのです。
ただ被害者として嘆くだけでも、もしかするとベテスダの池の病人のように癒してくださるかもしれません。しかし、イエスは私たちの心の中にあるものをちゃんと私たちの口から聞きたいのです。そして、それについてあなたと語り、私たちが正しい心で受け取れるように招くのです。
夫婦関係も、ただ「この人はわかってくれない」と言って、うまくいかないのを嘆くことは、とても簡単です。でも、本当にあなたが求めているものは何でしょう?何を良くしたいのでしょう?コミュニケーションですか?態度ですか?そして、どこに向かいたいのでしょう?どうなりたくて、何が必要ですか?もしイエスが「わたしに何をして欲しいのか」と聞いてきたら、あなたは何と答えますか?
私たちがまず、自分が何を求めているかを知ることは、自分の結婚生活に対して責任を持つ第一歩です。本当に自分が求めているものに焦点を当てていると、自分もそれに向かいます。神や周りの人に決断を委ねて責任を丸投げするようなことはしません。自分の必要を知り、言葉にして求めることは、私たちが全人格を持ってそこに向かうことを助けてくれるのです。
本当の問題を見つける
被害者としての立場を捨てて、自分の必要を知ると、今度は次のステップに入ることができます。今度は、本当の問題を聖霊と共に探します。相手の中にではなく、自分の中の問題を探るのです。これは、自分の力でするのではなく、必ず聖霊の助けが必要です。聖霊は、私たちを癒したいという意図を持って、私たちの心の傷や問題を示してくださいます。
私たち夫婦が、2人で夫婦間の問題に取り組もうと決めた時、聖霊が私に、「あなたが彼を助けなさい。」と語りました。今まで、夫の問題は夫が解決するべきだし、私はあまり関係ないと思っていました。しかし、その聖霊の促しにより、私は夫の問題を一緒に担い、たとえその中で私が傷つくとしても、絶対に解決されるまで助けようと決心したのです。これまでの「これはあなたの問題だから、そっちで解決してきてね」という態度から、一緒に問題に取り組み、一緒に考え、一緒に祈る姿勢に変わりました。
そこから、私たちの回復のプロセスが始まったのです。夫は毎日、自分の問題や傷の原因を主に聞き、それを寝る前に分かち合いました。私の夫は、幼い頃に親が離婚し、とても寂しい子供時代を送ってきました。週末に遊びに連れて行ってもらった記憶もなく、周りから否定される環境の中で成長しました。私に対して、何でもすぐに「うん」と言ったり、約束することも、実は子供時代に周りからの暴力や罵声から自分を守るために身についた術で、それが大人になって、私を傷つける要因となっていることがわかりました。
私も、その日に主が示されることを分かち合い、その中で、自分の心の傷や問題もたくさん示されました。今まで私は大丈夫だと思っていたのに、いざ蓋を開けてみたら、心の中は傷でいっぱいだったのです。聖霊は一つ一つ、私たちが解決しなければいけないことを見せてくださいました。
私たちはこの時間を大切にし、どんなに毎日忙しくても、2人で話す時間を優先しました。30分で終わる時もあれば、2、3時間かかる時もありました。泣きながら、笑いながら、時にはイライラしたり、自分が変わることへの抵抗を感じながら、聖霊が示してくださることに取り組み、祈り、また癒しを求めました。
それをしばらく続けていたある日、ふと気がつきました。こうやってお互いの心の中にあることを全てさらけ出して、それを受け入れあい、一緒に考えて進んでいくこと、また、この人は私を大切にしてくれるし、私も相手を大切にしていると感じられるこの瞬間というのは、実は私が結婚生活の中で、心から手に入れたいと思っていたものだったのです。本当に心が近く、人生を分かち合いながら一緒に歩めて、自分の心の必要が満たされる感覚。それは無理やり相手に持ってきてもらうものではなくて、自分の責任を負い、やりたくない課題に取り組み、自分を相手のために捧げる決断をすることで得られるものだったのです。目を背けたい、痛いと思っていた道が、実は一番楽になり、欲しいものを得られる道でした。
自立している愛
私たちが結婚生活を良いものとするためには、愛が必要です。そして、この愛は自立したものでなければいけません。相手から愛されたから自分も愛する、相手がこれをしてくれるから私も愛する、という考えは愛ではありません。愛は他人に左右されないからです。
私たちの神は愛です。そして、この神の愛を見ると、完全に自立していることがわかります。神の愛は、何にも依存していないし、何かに寄りかかってもいません。完全に神ご自身の自由な意志で、愛することを選択しています。
これは、この世が全く教えてくれないことです。相手がどうであっても、「自分が」愛すると決めて、愛します。愛は、相手が自分を愛しても傷つけても、私はあなたを愛しますというもので、しかもそれを喜んで選びます!
だからこそ、愛は強いのです。だからこそ、神はひとり子を罪人のために送り、喜んで与えたのです。私たちは、この父の子供です。自分の人生に責任を持ち、自ら進んで課題に向き合い、どんなことがあっても愛する姿こそ、堂々たる神の子らしい姿ではないでしょうか。
「この人とは合わない」と感じることがあっても、被害者意識を捨て、自分の責任と向き合い、相手のためなら喜んで何でもするという考えを持つならば、一体どれだけの夫婦の問題を解決することができるでしょう。配偶者は、生涯を分かち合える最高のプレゼントです。一心同体であるからこそ、自分と同じように大切にしないといけないのです。
夫婦のための祈り
転ばないで歩けるようになる子供はいないし、練習なしに金メダリストになれる人はいません。同じように、私たちも、練習や失敗なしに良い夫婦にはなれません。痛みや葛藤を通っても、それが私たちを成熟した場所へと連れて行ってくれます。そして、神は私たちが通るプロセスを喜んで助けてくださいます。
下記の祈り方の例は、あなたが夫婦生活のために祈る参考にしてください。
「主よ、私には解決しなければならない夫婦の問題があります。私は、被害者としての立場を捨てます。相手のせいにして、自分が責任を取らなかったことを悔い改めます。私は(具体的に)を解決したいです。(具体的に)を求めます。私の心の中の本当の問題を見せてください(聖霊にどんなものがあるのか探っていただきましょう)。私を傷つけてきた(配偶者の名前)を赦します。そして、私の心の傷を癒してください。また、(配偶者の名前)の心の傷も癒されるように祈ります。私が責任を持って、愛する選択をすることを助けてください。そして、それによって夫婦の関係が改善し、今まで体験したことのない結婚の喜びを見せてください。あなたがその場所に私を招き、呼んでくださっていることを感謝します。そして、最高の配偶者を私に与えてくださったことをありがとうございます!アーメン。」
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